古い雨  著・川井なつ

※1994.11 「脱線文庫」より発行・その後無料配布 ※1998.4.12 「ぱせり屋」より無料配布 ※2004.6.10 一部手直しの上サイトにup



古い雨

 きらきら光る白い石が、雨のようにたくさん降ってきた。
 その石の凹凸を組み合わせていくと、獣の姿態を併せ持つ人間や、よっつの翼を供えた鳥や、角がある魚や、何種類かの動物が融合したような生物や、竜に似た生物など、不可思議なものの骨格が出来上がっていった。
 虫眼鏡と、砂時計と、方位磁石を使って調査した結果、それは、かつて星の世界を流浪した古の民の化石であることが判明した。


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CDの突然変異

 夜、CDを聴いていたら、突然音が途絶えてしまった。かわりにプレーヤーのスピーカーからは、スパンコールのような星屑が飛び散りはじめた。
 CDから星屑が生まれている! 私は飛び上がって喜ぶと、部屋を真っ暗にして、この不思議なきらめきの光景を楽しんだ。
 すると、いきなりポン! と弾けた音がして、CDがプレーヤーから飛び出してきた。いや、それはCDではなく、くるくると回転する小さな銀河だった。
 私が呆気に取られているうちに、回転する小銀河は、窓ガラスを破って外に出ると、猛スピードで夜空の彼方に飛び去ってしまった。


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銀色電波

 壊れたまま放っておいたラジオから、ある晩、音楽が流れ出した。
 その音楽は、さまざまな音色が無秩序に混ざり合ったものだった。川のせせらぎのように絶え間なく流れつづける音。風のようにす早く走り、ふと渦を巻き、また走り去る音。鈴の音に似た涼やかなつぶやき。葉ずれの音を思わせる、さわやかな、ささやき声。突如、雷鳴のような轟きが割り込み、振動する。幾種類もの音色が、気ままに現れ、消えていくので、同じ旋律は二度と聞けない。しかし、それらの音はうまく響き合い、決して不協和音にはならなかった。
「これは星の世界の音楽だ」
 と、いっしょに音楽を聴いていた猫が言った。
「星空から銀色の電波が降りそそいでくるのが、この猫族の目には見えるよ。この音楽は、星の世界の栄枯盛衰の様が、そのまま音に変化したものなんだ。そのラジオは、いつの間にか進化して、この特別な電波をキャッチ出来るようになったんだね」
 猫のことばを証明するかのように、星がうつくしい夜に限って、ラジオはその音楽を流すようになった。
 この星々の演奏を聴きながら眠ると、遠い星の世界の夢を見ることが出来た。このことは、私と猫だけの秘密の楽しみになった。


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月光感覚

 蜜蜂から、月光の結晶を買った。
 夜活動する蜜蜂の一族が、月光を採集してつくったものである。本物の蜜を固めたような、透きとおった金色の、小さな立方体。中にきらきら光る粒がいくつも見えるが、これは採集のときに混じった星の光だ。そんな立方体を、今夜みっつ手に入れた。
 さて、これをどう味わおうか。お茶にとかして飲もうか。いや、お酒と一緒のほうがいいだろうか。シロップにするのもいいかもしれない。アメのように舐めて楽しむのも捨てがたい。
 月光の結晶特有の、不思議な味わいを思い出しながら、私はあれこれ考えた。
 しかし、その隙に仔猫が結晶を全部つまみ食いしてしまった。
「ぼーっとしているのが、いけないのさ」
 怒る私に、仔猫は得意げに笑ってみせた。そして、すぐさま走って逃げようとしたが、そのとたん、仔猫の体がふわーっと浮き上がってしまった。びっくりして空中で泣きわめいていると、今度はゆっくりと落ちてきた。しかし、着地する前に、また風船みたいに浮かび上がる。浮かんだり落ちたりのくり返し。どうやら月光の結晶は、夜に属する猫の体に特別の効果をもたらしたようだ。重力と月光の浮力に翻弄され、仔猫は四本脚をばたつかせた。
「つまみ食いなんかするからだよ」
 私は笑って、浮き沈みする仔猫を抱きとめてあげた。


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交信

 ――おいしそうな匂いが、電話から漂ってきた。匂いにつられて受話器を取ると、いきなり実家につながった。
「お母さん、今何してたの」
「ごはんの支度だよ」
 ――ある日、部屋の隅に、一輪の小さな花が咲いているのに気づいた。そして花は、ずっと前に失くしたまま忘れてしまった腕時計の文字盤から生えていた。
 やがて花は枯れ、塵となって腕時計から消え去ったが、幾粒かの種子が残った。
 ――差出人が書かれていない手紙が届いた。おそるおそる封筒を開けると、中から便箋がこぼれ落ちた。
「いつか、どこかで会えるといいね」
 便箋には、それだけ書いてあった。
 ――部屋に飾ってある絵はがきから、ときどき、風の音、雨の音、葉ずれの音、せせらぎの音が聞こえてきた。
 そして、
「――」
「――、――」
 話し声が聞こえることもあった。私は何度も耳を澄ましてみたが、決して聞き取ることは出来なかった。

 私は、腕時計の花の種子を、植木鉢で育てはじめた。
 花の成長を楽しみながら、私は少しずつ、苦手だった料理をするようになった。いくつかレパートリーが増えると、そのたびに電話で母に報告した。母はとても喜んでくれた。
 やがて花が咲いた。そのころ、私は引っ越すことになった。引っ越しの準備を手伝ってくれた友人が、あの絵はがきを気に入った。私は少し迷ったが、絵はがきを友人に譲ることにした。
 そして、花は枯れ、塵となって消え、また種子が残った。ある晩、種子は夜空へと飛び去っていった。種子はきらきら輝いていて、星のようだった。
 翌日、私は引っ越した。その日の朝、私はそよ風に耳を澄ました。風には、いろんな音や話し声が潜んでいた。あの絵はがきがなくても、それらを聞くことは出来ることに私は気づいた。
「いつか、どこかで会えるといいね」と書かれた手紙は、まだ持っていた。この手紙が持つ秘密について考えをめぐらしながら、私は新しい生活の場所へ出発した。


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読み返してみると、ここはちがうんじゃないかと思う部分が何ヶ所かあります。私の考え方が変わったのでしょうね。そういう意味ではもう書けない作品たち。ちなみに発行当初はちがうペンネームを使っていました。



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