夜天の軸
著・川井なつ
※2002.6.9 イベントにてペーパーで配布 ※2004.6.10 一部手直しの上サイトにup
夜天の軸
古い映画を観に行った。
モノクロの、やや淡く不鮮明な映像の中には、ひとめでセットとわかる街があった。
街の人々が、不審な顔で夜空を見あげている。
「やれ、なかなか朝が来ないぞ」
スクリーン一面黒くなり、白抜きの文字が現れる。その文字も震えて淡く見えた。
天文学者が望遠鏡をのぞきこむシーンが登場する。
「北極星がゆるんだんだ」
ふたたび字幕が現れる。
時計屋の主人が、夜空に長い長いはしごをかけて、北極星までのぼっていった。
「この星がゆるむと、夜空がきちんと回転しないんだ」
ネジを締め直すときのように、北極星をきゅっと夜空に固定する。
すると北極星を中心に、他の星がゆっくりとまわりはじめた。まるでおおきな時計のように。
地上から時計屋の作業を見あげていた街の人々は、それを確認すると、安堵した顔つきで家へと戻った。
「気になることがあるんだ」
はしごをのぼってきた天文学者が、時計屋の主人に話しかける。
「太古の記録によると、すぐとなりにあるこの星が、北極星だったようなんだ。もしかしたら、もっと昔には、またちがう星が北極星だったかもしれない。これはどういうことだと思う?」
「夜空が長保ちするように、役割を交替で請け負うようになっているんだろう」
時計屋の主人が、答えて笑う。
回転していた夜空が、いきなり朝の世界に変わった。太陽が描かれた長大な幕が垂れ下がり、夜空を隠したのだ。
はしごを降りて、家へと帰る時計屋と天文学者。そして映画は終わった。
時代によって北極星がちがうのは、たしか地球の歳差運動によるものだ。みっつの星が、二万五千八百年周期で、順番に北極星に替わるのだ。そんなことを思い出しながら、映画館を出た。
ふたたび、同じ映画を観に行った。しかし、モノクロの不安定な街からはちがう問題が起こっていた。
「北極星がなくなってしまった」と字幕。
人々が不安げな顔を寄せ集めて、回転しない夜空を見あげているシーンが流れる。
時計屋の主人は、夜空に長い長いはしごをかけてのほっていった。
そして、消えた北極星の、すぐそばの位置で光る星を、夜空からはずした。
「これを代わりに使おう」
北極星があった位置に、代わりの星をねじ入れる。夜空が、ゆっくりまわりはじめた。
とたんに、映画は終わってしまった。
「フィルムが消えてしまった」
映画館の人たちがさわぎはじめた。
ひと月ほどして、その映画の続編フィルムが倉庫から見つかったという話を聞いた。上映されるというので、また映画館を訪れた。
映画は、時計屋の主人が、北極星をねじ入れるところから始まった。
「本物の北極星が見つかってよかったな」
字幕につづいて、天文学者のうれしそうな顔。
「街ごと知らんところに飛ばされるのは、もうごめんだな」
時計屋の主人のうんざり顔。
どうやら、代理に使った星が、次の北極星か、昔の北極星だったために、フィルムは遠い未来か過去に飛んでいってしまっていたようだ。
これは続編の映画ではなく、はるかな時代より戻ってきたフィルムらしかった。
朝の幕が垂れて夜空を隠す。一面明るくなると、以前とはちがった街の風景が現れた。
建物の形がいくぶん奇妙になっているものがある。遠い時代での環境に合わせて、そうなったのか。
ふしぎな姿の動物が街路を歩き、またはペットとして飼われている。見たことのない鳥が屋根の上でさえずっている。
花屋では、やはり異郷を思わせる花や苗が並んでいる。
はるかな時代から持ちこまれたものと、変化した街を求めて、他の土地から人々が次から次へと訪れる。その賑やかさは徐々に大きくなり、やがて華やかな祭りになっていった。
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2002年にオリジナル蘭で配布しました。そのあと他のイベントでも配る予定だったのですが、イベントに参加できない状況になってしまい、そのまま現在に至っております。
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